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高分子化学に思うこと

  まずは高分子を合成しないと物語が始まらない私たちのグループにとって、「高分子化学」と「高分子構造解析」は最重要な学理である。今さらながら感があるが、この雑文でも取り上げてみたいと思う。「高分子の化学」を有機化学のワンブランチと捉える見方をされる方もいるが、高分子化学の理解には統計的な考えが不可欠と言う意味で、個人的には別物と考えている。分子量や共重合体の化学組成の分布(いわゆる分子間不均一性)が存在する。高分子の集合体を材料として捉えると、さまざまな空間スケール、時間スケールで不均一性が存在し、高分子の一次構造と同じように高分子材料の物性を決定する要因となる。とにかく複雑系であり、物理を生業とする人々から高分子が「ゲテモノ」扱いされている所以である(私見です)。

 高分子化学の特徴は以下の2つである・・・

1)例外もあるが基本は炭素の化学である
 数ある元素の中で炭素が主役である。5大汎用プラスチックを構成するのは低密度および高密度ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレンの5つを指すという説(ABSが入るとか、PETが入るとかの説も)があるが、いずれもビニルポリマーであり、主鎖は炭素鎖である。当たり前のように炭素鎖の存在を認めているが、この同一元素同士が長鎖状に結合すること(カテネーション, catenation)が可能な元素はとても限られる。
 炭素のこの性質のおかげで、有機化合物や高分子の多様性が生まれるわけで、神に感謝するべき第一の性質であろう。例えば、酸素―酸素の単結合(例えば過酸化水素)は、2つで既に不安定であり、いわゆる過酸化物となり、熱、光等の刺激で簡単にホモリティックに開裂してラジカルを生成する(ラジカル重合の開始剤となるが)。窒素の場合も同様で、ヒドラジン(NH2NH2)は強力な還元剤であり、酸化剤と組み合わせてロケット燃料となる。有機化学的にもウォルフ・キッシュナー還元(Wolff-Kishner reduction)などに使われる。このように酸素、窒素では結合エネルギーが炭素と比較して小さいことが所以であり、結合に関与しない電子対の静電反発に由来することで定性的な説明ができる。

      

 

 炭素以外だと、ケイ素、硫黄、ホウ素などがこの性質を示す。ケイ素ではアルカンと同様な一次元状水素化ポリシランが不安定ながら存在するが、水素を有機の置換基であるアルキル基やフェニル基で置換することで、安定となる。炭素と異なりSiではσ共役が起こり、有機半導体や非線形光学材料としての特性を発現する。硫黄についてはS8で現される環状化合物として自然界で存在する(なぜ8量体なのか)。

2)混合物である

 リードにも書いたが、ビニルポリマーを例にとると、分子鎖一本を取り出して、長さや組成などを調べると、分子量、立体配置、共重合体の組成には分子間のバラツキがある。生成物を単離し、NMRをとり構造決定する有機化学的な手法が使えない。各種リビング重合で合成される分子量分布が小さいポリマーと言えども、分子量の分布は相当ある(定性的な言い方で申し訳ないが、仮想的な混合物を仮定してMw/Mnを計算してみるとよくわかる)。例えば、リビングアニオン重合で迅速開始が保証されていたとしても、下記のとおりPoisson分布に従い、分子量が有限ならば分布はつく(完全な単分散にはならない)。


 わかりやすくいうと、10個の開始ポイントがあったとして、100個のモノマーをそれらに分配してことを考える。あるモノマーが10個の開始ポイントを選ぶとき、それは確率的に行われるので、分子量が無限大にならない限り、長さがバラツクということです。通常のラジカル重合の場合、停止反応がある速度論に従って確率的に起こるため広い分布が生じることとなる。
 次に立体規則性に関しては下記のようにメソ(m)配置になるかラセモ(r)配置になるかはベルヌーイ試行で決まるとか、その前のダイアッド(2連子)に影響を受ける1次マルコフ過程(高等学校で習う条件付確率*)に従うとか、確率的になるので分布がつく。

   

 共重合体の組成分布に関しては、瞬間的な統計的(確率的)な組成分布のほか、モノマー組成の変化に伴う組成分布がつく。これに関しては、また日を改めて「分子構造解析」のところで・・・・・。
 立体規則性、共重合体連鎖など核磁気共鳴法(NMR)での解析が強力なツールとなるが、NMRで解析するためには構成原子の核がNMR活性でないといけない。本当にラッキーなことだが、水素と炭素13NMR活性核(原子番号、質量数ともに偶数でない)である。炭素131%程度しか含まれないこともまた、炭素同士にカップリングが無視できると言う点では、たいへん運に恵まれていて神様に感謝しないといけない・・。このあたりも後日に。

*条件的確率:事象 A が起きたとわかっている状況での事象 B が起こる確率を条件付き確率という。PA(B)などと書く。下のベン図でいうと全事象をUとする。

          

この場合、
Aが起こる確率は(Aの事象の数)/(全事象Uの数)→P(A)
B
が起こる確率は(Bの事象の数)/(全事象Uの数)→P(B)

A
Bが同時に起こる確率(ABの事象の数)/(全事象Uの数)→P(AB)
A
が起きたとわかっているときBが起こる確率は、(ABの事象の数)/Aの事象の数)
PA(B)P(AB)/ P(A)

と表される。

おまけ(非常に有名な問題を2つ)

問1)Gさん夫婦には子供が二人いる。二人のうち少なくとも一人は男の子であるということがわかった。このとき,二人とも男の子である確率を求めよ。ただし,男の子が生まれる確率,女の子が生まれる確率はともに 1/2 とする。

 

 

 

解答)

事象A:少なくとも一人が男の子である確率は1-1/4=3/4P(A)
事象AB:二人とも男の子である確率1/4P(AB)
ゆえにPA(B)P(AB)/ P(A)1/3 (答)

問2)ある病気にかかっているか判定する検査について考える。この病気は 100,000人に1人が罹患している。「病気なのに陰性と判定してしまう確率」「病気でないのに陽性と判定してしまう確率」はともに 0.01 であるとする。太郎さんが陽性と判定されたとき,本当に病気にかかっている確率を求めよ。

 

解答

事象A:太郎さんが陽性と判定される確率
事象B:太郎さんが罹患している確率

事象Aは次のように計算できる。

太郎さんが罹患していて陽性と判定される確率+罹患しておらず陽性と判定される確率
P(A)
1/100,000×0.99+99,999/100,000×0.01=0.0000099+0.0099999=0.0100098

事象ABの確率
P(AB)1/100,000×0.990.0000099

求める確率
PA(B)
P(AB)/ P(A)0.0000099/0.01000980.0009890・・・

従って求める確率は0.01%ということになり、再検査が必要な理由となる(罹患率が著しく小さいことと、それと比較して誤判定する確率が高いことからである)。

(2020.4.5)