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二酸化炭素について①

 大学院の授業に「生物システム応用科学研究概論」という学際交流科目がある。この科目は各教員が隔年で一コマ授業を担当して、自身の研究と「生物に学び新しいシステムを創る」という理念を関連付ける内容である。私は「二酸化炭素の有効利用」のような話をしているのだが、正確にいうと一時期流行ったE-learning教材で講義をやっていて、学生諸氏はWEBで講義を聴くスタイルである。
 実は随分前に作成したコンテンツは改訂もせずそのままにしてあり、昨今では「あの先生、人相が違う」といった陰口が、ちょこちょこと聞こえてきているので、そろそろ通常の対面授業に戻そうかと思っている。E-learning教材を撮り直せば、いいのではないかという声もあるが、あの作業は思っている以上に大変で、特別な圧力がない限り2度とやりたくないと思っている(スタジオのような設備があり、一人で操作しながらコンテンツを作るのだが、カメラに向かって話をするという作業の中で間違いが頻繁に発生し、撮り直しの連続となり、恐らく一コマの授業の作成に丸一日かかった)。

 私自身、CO2との関わりは、1985年の卒業研究まで遡り、やはり思い入れのある気体(物質)の一つである。卒研では研究室オリジナルのCO2レーザー(ドラマ「ガリレオ」にも出てきます)を用いてシランSiH4(物騒である)を振動励起させ、その緩和挙動を調べるというもので、次が超臨界CO2で現像するレジスト材料の合成@Cornell、研究室を主宰してからはCO2を溶離液にしたクロマトグラフィーによる、共重合体の組成分別である。それ以外にもドライアイスをボンベに入ったガスからJoule-Thomson効果を利用してラボでドライアイスを作ったりすることもあって、四方山話の詳細を書いていくと、このバカエッセイ最長の大作となることは確実で・・・、申し訳ありませんが今回は掴みとして超臨界CO2の触りの部分だけで・・・。

 まずCO2分子の構造だが、下図のような直線分子である。
  

(二酸化炭素における結合。中心の炭素はsp混成で2組のπ結合を形成する。2つは互いに直交しており、端の酸素がCH2に置き換わったアレンでは4つの水素は同じ面にこない。C-O結合と分極しているがそれらは互いにキャンセルされる。そのため後述のように分子間力はほどほどで、臨界温度、臨界圧力もほどほどとなる)

 超臨界状態というと下のような状態図が説明に使われる。なぜ液-気境界線が突然消えるのか?この絵ではわかりにくい。
  
(この状態図からもわかるように二酸化炭素の三重点での圧力は5.2気圧程度であり、1気圧の下では固体二酸化炭素(ドライアイス)は-78℃で固体→気体に昇華する。そのために、ドライアイスはドライです)

 下の3次元の状態図で、圧力-体積図をみると、ある温度以上で気液の2相が現れなくなる(液体二酸化炭素をある容器つめ、温度を上げていくことを考える。最初、気液で平衡が成立していて、温度が上がると気化が進行して、気相の圧力は高くなる。圧力が上がると、密度も大きくなりやがて液相と気相の密度が等しくなり、一つの相となる。この時の温度が臨界温度で相図の2相が現れなくなる温度である)

  
 van der Waals式に従うとすると、臨界温度(Tc)、臨界圧力(Pc)は下記のように計算できる。ここでaは分子間力の尺度となるので、分子間力の大きな水とかは高い臨界温度になることが予想できる。
    
 下の表にさまざまな物質の臨界温度と臨界圧力を示している。無極性の窒素は低い臨界温度を示す。ちなみに実験室でよく見かける窒素ボンベは、通常150気圧程度で充てんされているため室温では余裕で超臨界状態である(ボンベの中は1つの相)。

  

 超臨界流体は非凝縮性高密度(高圧)気体とも定義され、気体と液体の両方の性質を併せ持つ。また、前述のように臨界温度以上ではいくら圧力をかけても凝縮しない。気体のように、狭いスペースに素早く入り込むことができ、液体のように「ものを溶かす」能力があり、染色や抽出に用いられる(とくにコーヒー豆からのカフェインの抽出やマヨネーズの卵黄からのコレステロールや中性脂肪の抽出技術が有名である)。こうしてカフェインレスコーヒーやノンコレステロールマヨネーズを私たちは利用することができる。抽出というといろんな有機溶媒が思い浮かぶが、二酸化炭素は基本無害であり食品関係の技術には好都合であり、常温常圧では気体になり抽出物との分離が容易というのも大きな特長である。
 下の図に還元密度(ある状態の密度を臨界点の密度で割ったもの)と還元圧力(ある状態の圧力を臨界点の圧力で割ったもの)の関係を示すが、流体は臨界温度、臨界圧力付近で、非常に圧縮性になる。即ち、わずかな圧力変化で密度が大きく変化することを示しており、溶解性と密度が関係しているとすると、わずかな圧力変化で溶解性が大きく変化することを意味している。

   
  こうしてわずかな温度と圧力のチューニングにより抽出物を取り出すことも容易となる。

 2012年2月Nikeが、続いてAdidasが世界で初めての商業用の超臨界染色機を開発・製造したオランダのDyeCoo Textile Systemsと、戦略的パートナーシップを締結したと発表した。染色というと未固着の染料の回収が困難、大量の廃液が出る、洗浄、乾燥工程が必要なプロセスであるが、この水を使わないで超臨界二酸化炭素を使うと、これらの面倒なプロセスがすべて不要になるという優れものである。

(to be continued)




おまけ:
問) 正四面体を平面で切断することを考える。切り口が正方形になるようにするには、どうすればよいか?


解答例) 下図のように中点を結んだ平面で切断すればよい(辺の長さが同じになることはすぐにわかるが、さらに対角線の長さも同じになるので、切り口は正方形になります。結晶とかの勉強に役立つセンスです)

 

(2019.4.7)