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合成する人生

 有機(高分子)合成が料理に例えられることがある。そういうことを言うのにはいろいろと理由があるのだろうが、私なりに考える類似点は下記のとおりである。
・レシピ(論文等に掲載されている情報)通り作っても、できてくるものには作る(創る)人の個性が反映する(隠れたノウハウがあるとか、五感を働かせみたいな話・・・)

・上と同じことだが精神論が重要(のような気がする)(合成の場合は、思い入れ、気合等・・、料理の場合は、食べてくれる人に対するホスピタリティーの精神)
・合成(料理)が終わったあとの、周りの状況(片付けながら、合成(料理)ができるか)
・混ぜて加熱するが基本(ただし、圧力鍋はあるが、減圧系は料理には使わないが・・・。エバポで濃縮したソースなんかどうなんでしょう。不活性雰囲気下で煮込むとかも料理にはないが・・)
・再現性がないことがある(原料のロットが変わるとダメとか、季節が変わるとダメとか・・・)
等々・・・


 話は変わるが、我々のソサイアティーには、有機(高分子を含む)の合成をやらないと気がすまないという人(私もそうです)が少なからずいる。材料指向で、オリジナルの材料を欲しがる(特許の世界の物質特許のようなもの)からというのが第一の理由だが、一種の病気で合成を止めると倒れてしまうという強迫観念に由来するのかもしれない(基本好きということなのだが、見方によってはまさに自転車操業)。
 ターゲットに対して理由付け(分子設計)を行い、合成をスタートさせるわけだが上記のような強迫観念が背景にあるとそのモチベーションの部分が甘くなり、「とりあえず創っておこう」といった投げやりな態度になるので注意が必要である。それに加えて、新規な化合物(高分子)を求めてばかりいると構造がますます複雑になる傾向があり、それに伴って合成の難度が上がっていく。このことに関してはちょっと考える時期にきていて、分子設計のところに新規性を求めるのは、一段落させて、これまで研究室で作ってきた化合物(高分子)に関して、もう少しいろいろと調べていくことにシフトするべきかと思ってきている。そうはいっても自身のテーマで対象とする化合物(高分子)は、その学生自身が合成するというスタイルはラボのポリシーとして継続したいと思っていますが・・・・。
(料理も同じで変にオリジナリティーを出そうと創意工夫を加えると、却って評判が悪くなったりすることが、あるようなないような・・)

 外部の研究者とか大学の先生に、「こんな化合物ですが、創ってもらえませんか?」と依頼されてモノを創ることが、昔(現役時代)はときどきあって、そのような合成は気分的にはかなり楽であった(合成の理由付けをしなくていいし、かつ強迫観念からも逃れられる)。偏屈な性格とはいえ創ったモノが、その方々の研究に役立てば、それなりにうれしいものである。
 そんなわけで本業とはあまり関係の無い合成をたくさんやってきたが、ちょっと前に依頼されたのが員数が明確な環状パラフィンで、下記のような反応で合成できる(学生さんに合成してもらったのであって、現役を引退している自分はやっていない)。
 
   
 
 最初の式に示したように反応が、エステルのNaによる還元的なカップリング反応(acyloin condensation)である。
 この反応をジカルボン酸エステルに応用すると環状体が生成する。通常、構造が安定な5-6員環など特殊な状況を除くと、このタイプの反応(末端同士が反応して環をまく)の場合、分子間の反応を嫌い大希釈条件で反応が行われる。しかしながら図の一番下のように環員数が多くなる場合でも、それほど希釈条件にしなくてもそこそこの収率が得られるのがこの反応の特徴であり、基本的にトルエンやキシレンのような芳香族溶媒に分散した金属ナトリウムの表面近傍でのみ反応が進行するからと説明されている。麝香に含まれる15員環の環状ケトンであるムスコンの中間体もこの方法で合成できる(例えばChem. Rev., 1964, 64 (5), pp 573,DOI: 10.1021/cr60231a004 等参照)。メカニズムは以下のとおりで、最終生成物を還元することで環状パラフィンへと転換できる。

 

 炭素の数をある程度振りたいのだが、対応するジカルボン酸が入手できない(または恐ろしく値段が高い)ことに対応するには下記のジカルボン酸の伸長反応を用いた。

  


 酸クロリドとエナミン(第2級アミンとカルボニル化合物を脱水縮合させたもの、2重結合の炭素にアミノ基が結合した化合物の総称)を反応させ、付加物を加水分解することで元のケトンのα位がアシル化された化合物が生成する。その後、アルカリで環を開いた後、ヒドラジンでケトンを還元すると、炭素数が12のびたジカルボン酸が合成できる。上の例では比較的安価なC10のセバシン酸から出発してC22のジカルボン酸を合成する例である(一般に炭素数が偶数の試薬のほうが安い)。

エナミンは下図の通りの共鳴構造をとり、求核試薬として働く。R-Xと作用させるとα一置換のケトンが生成する。生成物がイミニウム塩なので一置換で止まる。この反応は20年ぐらい前にやった記憶があり、シクロヘキサノン単位を含むモノマーの合成を行った。

   



・・・とずいぶんとマニアックな話になってしまったが、モノ創りという観点から合成は楽しいし、若い頃は「生涯合成!!」などと思ってはいたが、10年ほど前に、メガネをかけたままだと、マイクロシリンジの目盛が読めなくなり、TLCのスポットが打てなくなり・・・、基本現役引退となった・・・。自分ではそんなつもりはないのだが、合成に必須の「思い入れ、気合」の部分が、加齢とともに衰えてしまっているのかもしれない。野球選手でいうところの「気力、体力の衰え」とほぼ同様だが、ちょっと悲しい話です。
(実は合成の依頼があり、久し振りにチャレンジしようと思っていますが、結果はいかに・・)




おまけ(上の記事がマニアックだったので、ちょっと普通のくじ引きの問題)

(問)当たりくじが4本入っている10本のくじがある。次の各問に答えなさい。
1) 一度に3本ひくとき、1本も当たらない確率を求めなさい。
2) 一度に3本ひくとき、2本当たる確率を求めなさい。
3)  一度にn本ひくとき、少なくとも1本あたる確率を0.975以上にしたい。nの最小値を求めなさい。

解答例
1) ひき方→10C3 すべてはずれのひき方6C3 ∴求める確率は6C3/10C3=1/6 (答)
2) 2本あたりで1本はずれの場合の数は、4C2x6C1。∴求める確率は(4C2x6C1)/10C3=3/10 (答)
3) n≥7のときは、少なくとも1本はあたる。n≤6のとき、n本ひくとき1本もあたらない確率は、6Cn/10Cnである。したがって6Cn/10Cn≤1-0.975を満たす最小のnを決めればよい。
n=1~6まで順次代入すると、題意を満たすのはn=5, 6であることがわかり、最小値はn=5である(答)

ちなみによく知られたことですが、1)と2)の問題でくじを一本ずつ戻さずにひくとしても、答えは同じになります(組み合わせでなくて順列で考える)。

(2019.1.20)