大振幅振動とは、非常にやわらかい(力の定数が小さな)結合に関する振動で、(1)低い振動数を持つ、(2)分子中の原子が大きな振幅で動く、という特徴を持っています。このために、分子内あるいは分子間のエネルギー移動や化学反応などのダイナミックスに大きな役割をはたしていると考えられています。原子の大きな移動は反応につながると考えられるし、低い振動数のために分子の状態密度が増加するとエネルギーが移動などのダイナミックスが加速されると考えられているからです。
大振幅振動の一つに、メチル基の内部回転運動(ねじれ振動)があります。調和振動子で近似できる一般の分子振動とは異なって、メチル基内部回転のポテンシャルはsin関数やcos関数を用いて表されます。例として、5-メチルインドールのS1におけるメチル基内部回転ポテンシャルを図1に示します。

このようなポテンシャルは、超音速分子線レーザー分光法により内部回転のエネルギー準位を観測し、その振動数を解析することによって求めることができます。ここで主に用いられるレーザー分光法は、レーザー誘起蛍光(LIF)分光法および飛行時間型質量分析法を併用した共鳴多光子イオン化(REMPI)分光法です。
大振幅振動のポテンシャルは非常に浅くなだらかなものなので、他の分子と会合体を形成すると分子が一個で存在する場合(孤立状態)とは大きく変化する可能性があります。その変形の様子を詳しく調べると、分子間のエネルギー移動や反応に大振幅振動がどのような役割を果たしているかについての知見を得ることができると考えられます。そこで本研究室では、水、メタノール、ベンゼン、N2Oと1:1会合体を形成した5-メチルインドールや、希ガス、水、N2Oと1:1会合体を形成したm-トルニトリルなどについて、会合体を形成することによりねじれのポテンシャルがどのように変化しているのかを、実験的に調べています。


図2に得られた結果の一例を示します。分子線中にわずかにしか存在しない会合体のスペクトルを選択的に観測するためには、ホールバーニング分光法を用いています。
大振幅振動には、この他に面外変角振動(例えば、1,2,4,5-テトラフルオロベンゼンの4つのフッ素原子が同位相で面外方向に動く振動)もあります。S1におけるこの振動のポテンシャルが、会合体形成によりどのように変化するかについても、現在調べています。