簡易アレルギーセンサーの開発

アレルギーの発症のメカニズム

 アレルギーとは、生体の恒常性を維持するためにウィルス、微生物などの外来異物を排除し、生体を防御する機能である免疫反応が通常無害な物質に対しても反応を起こし、生体に害を及ぼすことを示します。アレルギーはその発症経路からI~V型に分類することができます。この中でも近年問題視されている花粉症やアトピー性皮膚炎などは�型アレルギーに属しています。I型アレルギーの発症は以下のメカニズムで進行します(図1)。
  1. アレルゲンが初めて生体内に侵入したときアレルギー反応が起こらず、B細胞においてアレルゲンに特異的な免疫グロブリンE(IgE)抗体が産出されます。
  2. IgE抗体が組織中の肥満細胞や血液中の好塩基球の表面に局在するFc部位に対するレセプターに結合し、感作状態となり次回のアレルゲンの侵入に備えます。
  3. その後再びアレルゲンが生体内に侵入すると、アレルゲンは細胞表面のIgE抗体と直ちに結合します。
  4. この反応が引き金となり、顆粒内のケミカルメディエーターの細胞外への放出が起こります。
  5. このケミカルメディエーターが皮膚、気管支、鼻粘膜などの細胞、器官に作用して蕁麻疹、鼻汁分泌、喘息などの症状を引き起こします。

 これらの反応は15~20分のうちに起こることから、即時型アレルギーとも呼ばれています。


従来法によるアレルゲン検出

 現在、行われているアレルゲンの検出法には、大きく分けて下記の2種類の方法が行われています(図2)。
  1. 皮膚テスト
    人体にアレルゲンを直接作用させる検出法でプリックテスト、スクラッチテスト、皮内テスト等があります。この検出法は、一度に多種類のアレルゲン検出を行うことができず、アレルゲンを直接身体に作用させるために不快感を伴い、さらにはアナフィラキシーショックを誘発しやすく死に至ることもあります。加えて、吸入性のアレルゲンの結果との相関が乏しいといった問題点も存在します。
  2. IgE測定法
    動物の体内においてアレルゲンを反応させるPCA(passive cutaneous anaphy- laxis)反応、放射性同位体を用いるRAST(radio allergosorbent test)等があります。PCA反応は、結果が出るまでに時間がかかり、個体差によって再現性が得られないことがあり、また、実験に用いた動物がアナフィラキシーショックにより死ぬ場合があるといった問題点もあります。RASTでは、検出操作が煩雑で臨床症状と一致しないことがあり、また、ラジオアイソトープ(RI)を使用するため、使用の際に場所が制限されることや、その取り扱いや処理の問題といった制約があります。これらの理由により、最近では非RI系でのアレルゲンの検出が注目されています。
従来法では、上記にあげたような種々の問題点を抱えているため、迅速、簡便かつ安全な検出法が切望されています。


動物細胞を利用したアレルギー反応の検出


アレルギー反応の際に脱顆粒されるケミカルメディエーターに着目し、ラット由来の好塩基性白血病(RBL-1)細胞の電気化学的応答を調べました。RBL-1細胞を用いてサイクリックボリタンメトリーを行ったところ、0.3V付近にピーク電流が確認されました(図3)。このピーク電流は、細胞内に含まれるケミカルメディエーターの一種のセロトニンに起因していることが液体クロマトグラフィーなどの結果から明らかになりました。そこで、RBL-1細胞をIgE抗体で感作させ、アレルゲン添加前と添加後にサイクリックボルタンメトリーを行いました。セロトニンに由来する0.3V付近の電流値は、アレルゲン添加後20分で増加することが確認されました。この結果、セロトニンを指標したアレルギー反応の電気化学的検出が可能となりました。



血液を用いた簡易型アレルギーセンサーの開発


HPLCを用いた分析により、アレルギー反応によって血液中にセロトニンの放出が確認されました。そこで、全血を試料とした簡易で小型化可能なアレルギーセンサーの開発を行いました。試料である血液の少量化のために、微小くし形電極を用いました(図4)。一回の測定に必要な試料の量は20μlと少量であるため、血液は指先から採血用の針を用いて採取しました(図5)。また、サイクリックボルタンメトリーを用いる代わりにセロトニンの酸化が十分に起こる定電位を印加することで装置の小型化と感度の向上を考慮しました(図6)。スギ花粉症の患者の全血にアレルゲンとしてスギ花粉を添加し、37℃でインキュベートした後、電極表面上に滴下し350mVの定電位を印加して得られた電流値を測定しました。その結果、スギ花粉症の患者では電流値の増加が確認され、アレルゲン添加後40分で最大となりました。それに対し、スギに対し反応しない健常者の全血では電流値の増加は確認されませんでした(図7)。そこで、全血によるアレルゲンの検出が可能であることが示されました。本システムを用いることで、特別な医療設備なしでもアレルギー患者がセルフケアとしてアレルゲンの特定が可能となることが示唆されます。<