平成18年度卒業式・修了式告辞

 本日ここに、平成18年度東京農工大学卒業式及び大学院修了式を挙行するにあたり、東京農工大学を代表してご挨拶申し上げます。
 先ほど、卒業証書あるいは学位記を授与されました皆さん、おめでとうございます。本日卒業される学部生は、農学部354名、工学部630名、合計で984名、大学院博士前期課程修了生は、農学府187名、工学府356名、生物システム応用科学府74名、技術経営研究科42名、合計659名です。また博士後期課程修了生は、工学府34名、同論文博士2名、生物システム応用科学府21名、同論文博士1名です。また、茨城大学と宇都宮大学、および本学で構成しております東京農工大学大学院連合農学研究科の修了式は3月16日に行い、67名の方々に博士の学位を授与しました。したがいまして、博士の合計は125名となります。以上を合計いたしますと、今年度本学から巣立ち行く学部卒業生、大学院修了生及び論文博士の総数は、1768名となります。本日は皆さんの学部卒業あるいは大学院修了をお祝いするために、本学同窓会会長、副学長、監事、名誉教授、研究院長、学府長、評議員などの方々にもご臨席いただいております。卒業証書あるいは学位記を授与されました皆様はこれまでの研鑽と努力の結果として本日を迎えられました。我々一同、心よりお祝いを申し上げます。
 さて、皆さんの約半数の方々は社会に出ていかれます。これまで大学あるいは大学院で身につけた高度な専門知識と応用能力を生かして,自ら選んだ社会で活躍しようと大きな希望を抱いていることでしょう。皆さんは、それを叶えるのに必要な知識や実行能力を十分に身に付けられたことと思います。また、引き続き大学院に進学し、より高度な専門知識を身に着け、将来の研究者を夢見て大いに胸を膨らませている方々も多数に上ります。皆さん、今の希望に満ちたその気持ちを忘れないで下さい。『初心忘るべからず』です。明るい未来を胸に描いている今の気持ちを是非いつも忘れないようにお願いいたします。この『初心忘るべからず』という言葉は日本の古典芸能の一つである能を確立した世阿弥が著した能楽論の書『花鏡』にある言葉です。実は広く知られているこの言葉は原文では次のようなものです。
 
   『是非初心忘るべからず。時々(ときとき)初心忘るべからず。老後初心忘るべからず。』
 
 最初の「是非初心忘るべからず」は芸に取り組み始めた日の芸境を忘れずに常に自覚していくことの重要性を説いたもので、皆さんがフレッシュな気持ちで新しい生活を始めようとしているいま抱いているものが初心です。これを忘れずに常に自覚する重要性を説いたものです。
 これから皆さんが日々活躍される中で、それぞれの段階において新たに学び、多くの経験をすることになりますが、それらはいずれも初体験であり、その時々に初心を抱くことになります。二つ目の「時々(ときとき)初心忘るべからず」は、その時々に抱く初心を忘れないように、ということを意味しております。それらの初心を蓄積、総合し自覚することによって大きく成長できることを意味しております。皆さんには農学や工学を専門とする研究者・技術者として「時々初心」を忘れずに大きく成長して行っていただきたいと思います。
 三つ目の「老後初心忘るべからず。」は、皆さんにはまだ遠い将来のことですが、芸を極めた段階でも、その時々の初心があり、それを忘れないように、ということです。
これら三つの『初心忘るべからず』は生涯瑞瑞しい感受性と向上心を持って励まなければならないことをいっているものと思います。
 皆さんの科学者・技術者としての感覚は瑞瑞しさに満ちていると思います。これから色々な経験をされることと思いますが、その時の思い、考えを是非大切にして行って下さい。皆さんには若さがあります。多くの先人が言うように、若さは守るよりも攻めること、伝統を受け継ぐよりも新しいものを作り出すことに適しております。躓きを恐れず、色々チャレンジして欲しいと思います。そもそも、躓いて転んでしまうことは失敗とは言いません。そこから起き上がろうとしないことを失敗といいます。起き上がろうとする中で得られる初心が、皆さんのその後に大きな糧になるに違いありません。
 
 皆さんはアメリカのアル・ゴア元副大統領の著した「An Inconvenient Truth」という本のことはご存知でしょう。地球温暖化が引き起こすさまざまな問題について説き、このまま放置しておくと人類の破滅に至ることを強烈に警告したものです。それが映画化され、最近アカデミー賞の最優秀ドキュメンタリー賞を獲得しましたので、映画を観た人も多いかもしれません。そこに描かれている地球温暖化だけでなく、今、地球は背筋が寒くなるような深刻な事態に直面しております。環境汚染、食料不足、エネルギー不足など、人類の生存そのものを脅かす大問題がそれです。これらを如何に解決するかは二十一世紀の科学技術に課された重要課題です。これらグローバルな問題の多くが農学や工学、あるいはその融合領域にかかわりのあるものです。皆さんは自らの専門を通して、これらの問題解決に広い範囲で貢献できますし、課題解決の中核を担える立場にあります。本学のモットーは、
 
   『地球をまわそう MORE SENSE 農工大』
 
です。これは東京農工大学における教育と研究、およびその成果を社会に還元することにより、循環型社会、持続型社会の構築に寄与し、美しい地球の持続に大きな役割を果そう、という壮大な目的を示したものです。本学で学んだ皆さんには、農学や工学、あるいはその融合領域というキーとなる専門領域を通して、人類の生存を脅かすグローバルな課題の解決や持続的な地球環境の回復に貢献できる機会は多いと思います。一人一人の寄与は小さくとも、総体としては大きな力になります。皆さん一人一人の立場から、本学のモットーに向かって努力することは可能です。地球が少しでもうまく回るように力を合わせましょう。

 いま、国立大学法人は厳しい競争社会の中にあり、厳しくその実績が評価されます。本学では、これまでの永い伝統を礎に、しっかりとした教育に根ざした研究中心大学として確固とした基盤を築くために最大限の努力をしつつあります。幸いにも、本学の研究力は各種の客観的なデータからも高い評価を受けつつあり、順調に発展していると考えておりますが、さらに上を目指し、皆さんの母校としてさらに誇れる大学へと努力していく所存です。本学を巣立っていく皆さん、皆さんにはこれまでの本学の永い伝統を受け継ぎ、さらに発展させていく大きな力となっていただきたいと思います。大きな力とは、社会で大いに活躍していただき、本学の名声を高めていただくことです。そして、指導教員や先輩・後輩の人的ネットワークや同窓会などを通して、今後も大学との繋がりを強固なものとして長く維持していただきたいと思います。
 さて、ここで特に技術経営研究科を修了される皆さんにお願いがあります。皆さんは技術経営研究科の第1回修了生です。技術経営研究科は企業を取り巻く技術リスクを予見し、それらを正しく評価した上で、先端技術ビジネスを創出できる管理者や、技術リスク管理を企画・政策化できる専門家の育成を目指して2年前に設立されました。新しい研究科の設立にあたっては、実体験に裏付けられたノウハウや専門的スキルを提供できように、豊富な実務家教員や客員教授らによる充実した教授陣を用意し、最先端のeラーニングシステムも整備し、高い教育効果が挙がるようにハードウエアとコンテンツの整備に大きな力を注ぎました。また、社会人が勤務を続けながら学生として無理なく学べる体制も整えました。本学の技術経営研究科は関係教職員のこのような努力によって他大学にないユニークなものになったと自負しておりますが、本研究科の真の評価は皆さんや後に続く後輩たちのこれからの社会での活躍によって決まるといえます。本学で学んだ2年間は価値ある2年間であって、その成果は必ずや社会において高く評価されるものと期待しております。技術経営研究科の新しい伝統の礎を築き、本学の伝統に新たな一ページを加えるべく、大いに活躍されんことを期待しております。

 最後になりましたが、77名の外国からの留学生の皆さん、皆さんは異なる言語、文化、習慣の壁を克服し、学位を取得されました。今日までの努力に対して深く敬意を表します。本学で身につけた知識や技術を母国の発展のために大いに役立てて下さい。さらに、皆さんの母国と日本との友好の架け橋となっていただくよう、お願い致します。

 それでは、皆様にはこれまでに修得された学識と技術を存分に活かして活躍されますよう祈念し、また、東京農工大学のさらなる発展のため、同窓会活動などを通じて、ご支援くださいますようお願い申し上げまして、ここに告辞といたします。
                    平成19年3月26日
東京農工大学長 小畑 秀文 
  

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