平成19年度東京農工大学大学院連合農学研究科入学式告辞

 本日、新たに連合農学研究科へ入学された54名の皆さん、入学おめでとうございます。
 本日は、連合大学院を構成する茨城大学および宇都宮大学のそれぞれの学長である菊池龍三郎先生および菅野長右ェ門先生、連合農学研究科の科長である國見裕久先生をはじめ、各構成大学の農学部長、理事等関係の方々のご臨席を頂いております。我々一同、新入生の皆様を心より歓迎いたします。

 皆さんはこれまで専門として学んできた農学の領域において、最先端の研究者になるべく博士後期課程を選択されました。研究を進める過程では険しい道もあるかと思いますが、それにチャレンジする皆様に敬意を表したいと思います。連合農学研究科は日本及びアジアでの中核的な博士課程大学院としての発展を目指し、広い視野と高度な専門知識を持ち、総合的判断力を備え、国際社会に貢献できる高度専門職業人や研究者を養成することを目的としており、皆さんの期待に十二分に応えられる体制を整備しております。皆さんのチャレンジの場としてふさわしい研究科と自負しておりますので、存分に研究に没頭していただきたいと思います。

 現在はあらゆる分野の学問が従来に無く高度化し、その結果、研究分野は極度に細分化されてきております。皆さんもこれから学位論文の研究テーマとしてきわめて限定された分野を深く掘り下げて追究していかれることでしょう。自らの専門分野において新たな知を生み出す研究者を目指し、この分野では誰にも負けない、というスペシャリストを目指して下さい。自らのしっかりとした専門分野をまず確立して欲しいと思います。新たな知を生み出す科学者を目指す皆さんに、ノーベル賞受賞者である朝永振一郎博士の言葉を贈りたいと思います。

  『ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
  よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です
  そうして最後になぞがとける これが科学の花です』

瑞瑞しい好奇心に満ちた皆さんには、朝永博士の言葉にあるように、意外なこと、予想外のことを見過ごさずに着目し考察を加える姿勢を常に持っていただきたいと思います。それから、学会や研究会をとらえ、異なった視点を持つ他の大学の、あるいは海外の研究者と常に積極的に議論を行なう姿勢を持つようにして下さい。多様な考えを持つ人との議論が思わぬ着眼に結びつき、新しい研究の展開にも繋がり、多角度からの批判にも耐えられるゆるぎない芯の通った研究へと繋がることになります。三年後には見事な花が咲くことを祈っております。

 一流の研究者には自らの専門分野で一流の成果を挙げ得る実力を養うと同時に、広い視野から全体を見通せる力を持つことも必須条件になります。それは、これからの科学技術が解決すべき課題が極めて複合的なものであるからです。人類の生存そのものを脅かしかねない深刻な問題がそれです。中国とインドの人口を合わせると、世界の人口の約四割になります。この巨大な二つの国が今急速な経済発展を遂げつつあります。これらの国に次ぐ多くの国々でもより豊かな生活を求めて経済発展に全力をつくしつつあります。世界中の人が今の先進国と同じようにエネルギーや資源を大量に消費するようになるときは刻々と近づいています。地球の資源は有限です。このまま行けば、石油は30〜40年で枯渇するかもしれません。その後10年程度で天然ガスも枯渇するといわれております。鉄でさえ80〜100年しかもたないと言われております。化石燃料の大量消費による炭酸ガスの増加が地球温暖化の主因になっていることは皆さんよくご存知でしょう。炭酸ガスの発生量は現状では益々増加の傾向にあります。炭酸ガスを固定化する森林も逆に減少しつつあります。しかも人口も急激に増加しつつあり、食料増産は喫緊の課題ですが、砂漠化が進み、農地不足や水不足という深刻な足かせがあります。このまま行けば・・・と深刻にならざるを得ません。まさに人類の危機といってよいでしょう。
 皆さんにはこれらのグローバルな深刻な課題に果敢に取り組んでいただきたいと思います。農学はこれらの問題解決に繋がる重要な学問分野として位置づけられるからです。その際、皆さんに求められることは広い視野を持つ専門家であることです。今述べた非常に大きな課題は一つの先鋭化した専門分野で解決できるものではありません。幾つもの分野を総合してはじめて解決できるものだからです。既に触れましたように、学問領域は細分化が進み、近隣の学問領域相互の距離も逆に拡大しつつあります。社団法人として登録されている学会だけでも900を超えておりますし、法人化されていない学会を考えれば、その何倍にもなるでしょう。細分化は学問の進化の結果として一つの宿命ともいえるものです。このような状況下で、隣の分野の動向も把握できずに、自らの研究の方向性を的確に決められるでしょうか。広い視野をもってはじめて正しい方向性を見定めることが出来ると思います。自分の専門と他の分野とがどのように関連しているのか、科学技術全体の流れの中での互いの位置づけを把握できる多元的な視野を持つ研究者・技術者を目指していただきたいと思います。

 本連合農学研究科はその意味では大変に恵まれた環境にあるといえるでしょう。なぜなら、本連合農学研究科は、三大学にまたがるバラエティに富んだ多数の教官から研究指導を受けられることを最大の特色としているからです。皆さんがこの特色ある制度をフルに活用して、大学や研究室の枠をこえて、積極的に議論をし、意見交換を行う姿勢を常に堅持していただきたいと思います。必ずや視野の広い一流の研究者となり、人類の生存を脅かす難問への取り組みにも中心的役割を果たしうる研究者として成長できると信じます。

 新入生54名の中には、10の国と地域、具体的には中華人民共和国、大韓民国、インドネシア共和国、アフガニスタン・イスラム共和国、インド、タイ王国、バングラデシュ人民共和国、フィリピン共和国、ボリビア共和国、ミャンマー連邦から来日された17名の留学生が含まれております。大変国際色豊かな研究科です。留学生の皆さん、言葉も習慣も異なる日本における生活は、何かと苦労も多いかと思いますが、一日も早く日本での生活に慣れ、研究に専念していただきたいと思います。併せて、日本文化についても造詣を深め、皆さんの母国と日本とをより一層強い絆で結ぶ架け橋となっていただきたいと思います。

 今はグローバル化の時代といわれますが、グローバル化は世界が均一になることを意味しません。むしろお互いの多様性を認め合い、それを尊重することがベースになります。異なった国や民族の風俗習慣、宗教、歴史、政治、経済などを十分に理解し尊重した上で、自らもしっかりとした意見を持っていろいろな問題をフランクに議論できる能力を持つことこそ、グローバル化の時代における国際人に必要な資質です。国際色豊かな本学での学園生活を通して、グローバル化の時代にふさわしい真の国際人としての資質を磨いていただきたいと思います。

 連合農学研究科へ入学された皆さん、科学技術全体の流れの中で多元的な視野から自らの研究を見据え、その方向性を定められる研究者として大きく成長して下さい。皆さんが世界に向かって大きくはばたく姿を今から期待しつつ、告辞といたします。
 
             平成19年4月13日 
                            東京農工大学長 小畑 秀文  

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