大学の個性化とBranding
                                           東京農工大学  小畑 秀文

1. 国立大学法人を取り巻く環境
 日本の全国立大学が2004年4月1日に国立大学法人になった。それまでは、文部科学省の管理の下で、十分とはいえないまでも、各大学は安定した財政基盤のもとに大学運営が可能であった。よく言われる護送船団方式である。そこでは、大学の種々の施策は全て文部科学省の認可を得る必要があり、大学側から見ると自由が無く、大学の特色も出しにくい。国立大学は個性の無い大学として横並びの傾向があった。その代りに安定性が保障されていたわけである。法人化後はその状況が大きく転換した。文部科学省の縛り(管理・監督)は非常に緩くなり、大学はそれぞれの自由な発想で大学経営が可能になった。それと引き換えに、大学経営の責任は大学自身が負い、外部評価機関による評価に基づいて、大学の財政基盤である国からの運営費交付金が増減する仕組みとなった。社会から評価される大学に生まれ変わることができれば、財政基盤も安定し、発展する余地も大きい。逆に経営に失敗すると大学はその存在意義を失うことになる。完全な競争社会に転換したわけである。
 本小論では、上記の法人化による大学を取り巻く環境の大きな変化の中で、東京農工大学が抱える課題を明らかにし、それへの取り組みを通して、本フォーラムのテーマである「大学管理と発展戦略」の一つの具体例としたい。

2. 東京農工大学の課題
 東京農工大学は89ある国立大学法人の中では小さな大学である。Academic staffは410名、事務職員は230名、非常勤職員109名、Post Doctoral Fellow 114名、Teaching Assistants 730名、Research Assistants 25名、学部学生4,200名、大学院学生1,800名から成る。年間予算は、自己収入と国からの運営費交付金を合わせたものが約100億円、教員の研究活動を基礎に獲得する外部資金が30億円で、合計で約130億円である。法人化と同時に、本学は教員の所属が大学院となり、大学院に重心を置いた大学院基軸大学、それは即ち研究重視の大学として位置付けられている。
 国立大学の法人化は大学を効率的な組織へと自己変革させる狙いがある。国の財政負担の軽減化を図るためと考えてよい。大学の運営費として国から支給される運営費交付金は毎年一定割合で削減されることになっている。本学の場合、約7,000万円の削減が毎年課される見込みである。これを人件費に換算してみると、5年間で40名の定員削減と等価な額となる。これは一つの学科を廃止するのに等しい人員削減と考えてよい。人員削減をしないとすると、教員に割り当てる研究費を半分以下に削減しなければならない。このような財政上の厳しい条件下で、教育の質のさらなる向上と研究のさらなる活性化が求められる。しかもこの予算の削減は5年で終わるわけではなく、相当の長期にわたって実施されそうである。
 東京農工大学ではこの状況に適切に対応するには、長期的な見通しの下に、組織の抜本的な見直しが必要と考えている。検討課題は多いが、以下では教育研究活動の活性化に直接結びつく施策について述べる。それらには既に実施済みのものから、これから検討を開始するものまで含まれているが、目指す方向は明確である。

3.大学の個性化
 日本は少子化が進み、2009年度からは大学進学希望者は全員が入学できる状態になると予測されている。そのような状況の中で、優れた資質をもつ有能な学生を集めるには、他大学には無い特徴ある教育と研究を提供できる大学にならなければならない。
 農学と工学を両輪とした東京農工大学は、現在の地球規模での課題を考えると絶妙な組み合わせから成る大学ということができる。世界は今、20世紀の科学技術がもたらした負の遺産、すなわち、環境破壊、エネルギー問題、地球温暖化やそれによる異常気象や、人口爆発による食料問題など、人類の生存そのものを脅かす深刻な問題に直面している。以前は物質循環がうまくなされ、環境の調和が保たれていたのが、その循環の輪と調和が崩れた結果である。循環型社会の再構築には、農学と工学が深く関わり、それらの枠を越えた広い視野からの取り組みが不可欠で、持続的な人類の発展に寄与するための科学技術の発展や新たな学問分野の創造と、それを担う人材育成こそ重要である。本学では10年前に農学と工学の融合を目指した大学院―生物システム応用科学研究科―を設立し、両者の融合に早くから取り組んできた実績もある。東京農工大学はその実績と実力を認識し、循環型社会の再構築にその責任を果していくことこそ本学の使命と考え、使命志向型教育研究―美しい地球持続のための全学的努力として―(Mission Oriented Research and Education giving Synergy in Endeavors toward a Sustainable Earth、 略してMORE SENSE)を本学の基本理念としている。MORE SENSEという基本理念に沿った農学と工学、およびその融合領域の教育と研究を通して、人類の持続的発展に寄与することが東京農工大学の使命であり、他大学との違いを表す個性としている。
 文部科学省が平成14年度から始めたプロジェクトである研究拠点形成費補助金、いわゆる21世紀COE(Center of Excellence)プログラムでは、学問分野全体を10の領域に分け、各分野にそれぞれ大体20箇所の優れた研究拠点を選定し、世界的な研究拠点形成のための特別な予算を配分している。日本のほとんどの大学が全精力を傾けてその採択に向けて競って応募した。本学では2つの研究拠点が選定されたが、その一つが「新エネルギー・物質代謝と生存科学の構築(経済性・安全性を主眼とした農工融合型物質エネルギー代謝と生存科学体系の構築)」である。MORE SENSEの具体的な取り組みの代表例であり、高い評価を得つつある。
 大学が社会から信頼され、誰でもが入学したいと思うような大学こそ理想的である。大学の持つ個性がそれに結びつくことが望ましい。東京農工大学では、MORE SENSEが世界に通用するブランド(Brand)となるような努力を展開中である。これには日常的な広報活動を積極的に推し進め、広く社会に情報を発信する体制の充実に努力している。また、積極的に大学の外に出た広報活動にも取り組みを活発化している。前述の21世紀COEプロジェクトの取り組み内容やその具体的研究成果を一般市民にも広く知らせるために、国立博物館との共催で展示会を行い、15,000人を超える人々に紹介する機会を設けたり、一般市民相手の展示会兼シンポジウムを開催するなどはその良い例である。このような活動の積み重ねが、社会における本学への理解を深め、信頼度を高めることに繋がるものと期待している。

4.教育改革
 大学の果すべき使命の重要なものに教育がある。次代を担う人材の育成は国家の将来を決める重要事項である。本学では 農学と工学に関連する高度な専門性を有し、かつ高い技術者倫理を持つ技術者・研究者の養成を目的としている。
 日本においては、初等・中等教育の施策に一部問題を残し、大学入学者の学力低下が大きな問題となっている。また、入学する学生の目指す大学での教育に対する多様化が進み、従来の学部・学科制の教育体系ではそれに応えることが益々困難になりつつある。その上、前述したように、国からの運営費交付金の削減が重なり、教員の数を維持することが困難な状況が生まれ、根本的な制度の見直しが必要と思われる。厳しい財源の中で、教育力を落とさず、充実した教育を実施できる体制への変革が求められているといってよい。
 本学では、2004年4月より、大学教育センターを発足させた。授業科目の構成、その内容、教員の教育方法の向上、などを継続的に点検評価し改善を図る組織である。さらに、根本的な教育改革の検討を開始しつつある。それは従来の学部・学科制から教育プログラム制への移行である。教育プログラム方式では、学生の進路や具体的な教育目標に応じて授業科目等を系列的に配列することから、学習者は自分のペースで主体的に履修することができる。教育プログラムは学科間をまたがることは勿論のこと、学部を跨って編成されることもある。教員も学部や学科の枠を超え、類似の学問分野の教員が協力してあたることになる。
 東京農工大学は平成16年度の独立法人化と同時に大学院重点化を達成し、これまで以上に研究重視型の大学として世界に伍して教育研究を行えるように基盤整備を行った。その中で、教員組織も教育プログラム方式に対応可能な形に組織改革を行った。具体的には、教員組織と教育組織を分離し、教員は全員大学院共生科学技術研究院に所属する。学生は大学院であれば学府に、学部であれば従来の学部に所属する形になっている。研究院の中の適切な専門性を持つ教員が学部や学府に兼任の形で出向いて教育にあたる形となった。したがって、現状でも従来の学部・学科の枠にとらわれない教員配置が可能になっている。これに本学の理念実現にふさわしい教育プログラムを整備し、従来の学科制では不可能な多様性に富む学生に適切な教育を提供できる教育体制を早急に確立する予定である。付加価値の高い教育を提供する大学としての地位の確立を目指し、学内の検討を進めつつある。

5.研究推進と社会貢献
 本学農学部は従来から規模的にも実績においても日本のトップクラスに位置付けられてきている。工学部は1970年代後半から急速に発展し、現在では研究力でも一流の地位を占めるまでに発展している。たとえば日本経済新聞社による全国の国公私立大学工学系の研究力調査(2004年2月16日)によれば、 本学は成果発信力第一位、産学連携力第五位、研究力の総合順位では第五位となっている。本学よりはるかに規模の大きな総合大学に負けない実力が認められていることになる。研究成果をシーズとする産官学の連携プロジェクトの数も非常に多く、全国的にみても規模の大きな大学と互角以上の実績を持ち、常にトップクラスに位置している。研究力の維持・増進は大学の財政基盤の強化にも欠かせない外部資金獲得の基になるものであるから、今後も教員個人の自発的研究と学部・学科の枠を超えた教員を組織した大型プロジェクトをバランスよく配置して、基本理念であるMORE SENSEに沿う先端的研究の推進に一層の努力を傾ける予定である。
 日本政府は大学への研究資金の重点を競争的資金に移しつつある。優れた研究に重点的に配分するためである。したがって、この競争的研究資金を獲得できない限り、大学の財政基盤は益々弱いものとなり、衰退の道を辿ることになろう。本学では、より優れた研究を行いうる人材の獲得を目指し、教員採用方法の見直しを図ると共に、外部資金獲得のサポート体制の整備・強化にも力を注いできた。本学では産官学連携・知財センターが整備されている。教員と外部機関との共同研究等のサポートをしたり、特許申請などを行うサービス機関である。また、本学で開発された技術を民間企業に提供する窓口として、鞄結梍_工大学TLOも設置され、研究成果を社会に還元するためのマーケッティングを積極的に行ったり、技術移転によるライセンス料収入の獲得に寄与するなど、順調に成果をあげつつある。また、ベンチャー企業の立ち上げにも積極的にサポートを行い、ベンチャー立ち上げ前の企業育成を目的としたインキュベーションセンターも整備された。知的財産の権利化とその社会への還元に必要な体制の整備はなされている。本学の産官学連携の研究が大学の規模の割には極めて活発であることが本学の大きな特徴でもあり、この特徴は今後も引き続き伸ばしていく予定である。

6.一流Brand化を目指して
 本学は規模的には小さな大学である。それがこれからも社会に認められ、存在感のある大学として活動を続けるには、教育、研究、社会貢献、国際交流などで評価され、個性輝く大学でなければならない。これまで述べた施策は大学改革の一部であり、他にも取り組むべき課題は多い。これらの諸課題に継続的に取り組むことにより、東京農工大学の一流Brand化を実現し、より大きく発展することを目指す予定である。

    
  

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