平成16年度卒業式・修了式告辞
 平成16年度東京農工大学卒業式及び大学院修了式を挙行するに当り、学部卒業生、大学院、修士、博士の修了生及び論文博士学位取得者の皆さんに心からお祝いを申し上げます。
 「おめでとう。」
 本壇上には皆さんを祝福するために同窓会副会長、副学長、監事、名誉教授、研究部長、教育部長、評議員などの方々にご臨席していただいております。特に、同窓会副会長の井英雄様及び名誉教授の先生方には、御多忙中にもかかわらず本式典にご列席いただきまして誠にありがとうございます。
 この良き日に当たって、皆さんは多くの人達に支えられてきたことに思いを致してほしいと思います。特に、皆さんの成長に心を砕いてこられたご両親やご家族の方々であります。身近な人々への思いやりの心、喜びや悲しみを共にする共感の精神が何よりも大切だということを忘れないでください。また、一生懸命に実験や研究指導をし、就職などにアドバイスしてくれた教職員の方々や同僚・先輩、クラブ活動の仲間などを時には是非思い出していただき、今後も絆を深めてほしいと思います。
 先ほど、卒業証書及び学位記をお渡ししました学部卒業生、大学院修了生は農学部卒業生342名、工学部卒業生663名、大学院工学教育部博士前期課程修了生290名、農学教育部修士課程修了生176名、生物システム応用科学教育部博士前期課程修了生70名、工学教育部博士後期課程修了生24名、同研究科論文博士3名、生物システム応用科学教育部博士後期課程修了生16名、同研究科論文博士1名、合計1585名となります。なお、茨城大学、宇都宮大学と本学で構成しております東京農工大学大学院連合農学研究科の修了式は3月18日に行い、50名の方々に学位を授与しました。したがいまして、今年度本学から巣立ち行く学部卒業生、大学院修了生及び論文博士の総数は、1635名となります。
 この中には、71名の留学生が含まれています。人数が多い順に申し上げますと、中華人民共和国、大韓民国、インドネシア共和国、バングラデッシュ人民共和国、マレーシア、ベトナム社会主義共和国、タイ王国、スリランカ民主社会主義共和国、ブラジル連邦共和国、ラオス人民民主共和国、カンボジア王国、ケニア共和国、イランイスラム共和国、ネパール王国、イエメン共和国、ミャンマー連邦、フィリピン共和国、台湾、実に18の国と地域からの皆さんです。生活習慣、言葉など大きな障害を乗り越えて科学技術に関する勉学や研究を数年間に渡って、継続的に行なうことは並大抵の努力ではできません。ご苦労様というとともに、もう一度「おめでとう。」と申し上げます。帰国されても今までの友情を保ちつつ、さらに文化の面まで含めた日本との架け橋となるとともに、留学生の国々相互の間の友好を深めていただきたいと思います。
 また、本日は2名の方に名誉博士を授与することとしています。後ほど改めてご紹介しますが、本学を卒業後祖国インドネシアで大臣を歴任されたギナンジャール・カルタサスミタ氏と、本学の姉妹校であるハバロフスク工科大学学長のセルゲイ・イワンチェンコ氏です。
 さて、現在人間社会が抱える最大の問題は何でしょうか。私は地球温暖化問題ではないかと思います。ごく最近の予測では、現在のまま炭酸ガスの排出が続くと2100年には地球の平均気温が六度上昇するといわれております。すでに地球の温暖化は実際に始まっており、アフリカの最高峰キリマンジャロではあと数年で万年雪が消失し、雪解け水に頼っていた麓の農地はすでに干魃の心配がされ始めています。また、北極の氷が溶けてシロクマが生息できなくなると予想されております。私が子供の頃は、冬になると東京でもよく雪が降り、霜柱が立ちました。夏でも夜はそれほど暑くはありませんでした。しかし、今では、霜柱が立つことがめずらしくなり、その上、夏には熱帯夜が何日も続くようになってきております。この温暖化は、地球上のあらゆる動植物の生態環境に大きな影響を与えるようになってきております。その原因は人間の巨大な経済活動で消費されるエネルギーから発生する炭酸ガスです。
 この問題を解決するために、1997年、日本政府が中心となって京都会議が開催され「地球温暖化を防止するための国際条約」である「京都議定書」が締結され、本年の2月に発効しました。この議定書に基づき我が国は1990年に排出した炭酸ガスの6%を2012年までに削減しなければなりません。これを実現するためには、自動車や発電のエネルギー効率を上げる技術の開発が必要です。また、発展途上国に対しては、産業の効率化や植林に対する援助を行い、炭酸ガス削減に協力する必要があります。
もっとも、日本の援助資金がCO
2削減に使われたとしてもその国独自の資金が新たな産業開発にも使われれば、トータルとしてはCO2が増す可能性があります。また一方、CO2を深海や地中深くに圧入する案もありますが、この場合政府の補助金が止まれば圧入できなくなってしまいます。また圧入することに大きなエネルギーが必要で、このために新たなCO2が発生します。CO2を削減しながら経済成長とサスティナビリティーを両立させるためには新しい発想と価値観が必要であります。 
 こうした中、本学にはCO
2に関連した多くの「知」が創造されています。緑豊かな森林再生とバイオマスを用いた炭素及び水素エネルギーシステム、CO2を原料とするプラスチックの合成ポリカーボネート、これはCO2や光ファイバなどに使われています、電池用電解質であるプロピレンカーボネート合成、また液体と気体の両方の性質を有する超臨界CO2を用いたメッキやプラスチックリサイクル、その他植物などから有用物質を抽出するなどのほか、生分解性プラスチックを用いてCO2と肥料をマイクロカプセル化して施肥しますと、CO2がマイクロカプセルから徐々に放出されることにより発芽した農作物の成長が促進される現象の発見など、多くのCO2に関する科学と技術が創造されています。現在、本学ではこれらの科学技術を、グリーン国土開発、サスティナブルエネルギー、CO2利用技術の三分野に分類し、これらをまとめてCO2産業戦略創成研究拠点の形成を提案しています。
 このような提案は、本学の教員一人ひとりが将来の地球環境や人類生存の問題点を掘り下げ、基礎的学問としてそれぞれの独創に基づいて「知」の創造をしてきたからこそ可能となったものであります。それが京都議定書の発効に伴ってCO
2の削減産業の創成を提案し、地球的規模での環境改善に向けた貢献をしようとしているのです。
地球温暖化の原因となる炭酸ガスの削減は、価値観や社会システムの大きな変化を伴いつつ、広範な分野の科学が総力をあげて取り組むべき課題です。このため、今後どのような分野に進むにせよ、本学で科学技術を学ばれた皆さんの英知には大きな期待が寄せられています。本学で習った技術は時代とともに陳腐化していきますが、しっかりとした「科学的方法論」を身に付けておけば、どのような時代になっても必要な人材としてリードし続けることができます。常に合理的に思考する習慣を身に付け、懐疑的、批判的精神を忘れずに自己研鑽を積み、「知」の創造とその活用に邁進していただきたいと思います。
 もうひとつ、ぜひ皆さんにいつも心に止めておいて欲しいことがあります。それはこれから活躍される舞台において、常に倫理観をしっかり持って行動してほしいということです。短期的には自分達に不都合だと思って情報を十分に開示しなかったりしますと、後になって社会から大きな指弾を受けます。最近報道されている自動車、食品企業などがどのような状況になっているかは皆さんよくご存知のはずです。現代社会は、社会の公正性を保つために、問題が発生したときには、個人であれ、組織であれ、問題の原因となった判断、行動に対して明確な「説明責任」を問う時代になってきました。高い倫理観を持って行動すれば、一時的には逆風が吹いても、長い目で見れば必ず多くの人達の協力が得られますし、尊敬されます。自分の行動を倫理的にコントロールでき、そのことを自分の喜びとすることのできる「誇り高き技術者」に成長していってください。
 皆さんは若いのですから何でもできます。古い社会システムを打ち破り、地球が平和で安心して暮らせるようになるよう新しい社会システムを開拓することを祈念しております。あなたたちの将来に栄光あれ。


                            平成17年3月25日
                                東京農工大学長 宮田 清藏 
 


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