キャビテーションとは?
亀田 正治 (農工大)
はじめに
これだけ科学が発達した現在でも,流体の動きにはまだまだ未解明の部分がたくさんあります.天気予報が外れるのも,
H-IIロケットが落ちたのも,地震や火山噴火が予知できないのも,原因の一端は,流体の動きが予測できないことにあります.私たちは,その未解明の部分の中でも,特に,液体中に見られる「
気泡 (bubble)」に着目して研究を行っています.泡を利用したインテリアが売られていますが,それを見ると,泡はときにまっすぐ,ときに揺れ,ときには合体し,またときには分裂していきます.このような美しい,しかし大変複雑な動きを,科学の目でとらえて行こうというわけです.沸騰とキャビテーション
みなさんはすでに,お湯を沸かすと盛大に泡が発生することは知っていますね.また,この現象を「
沸騰 (boiling)」と呼ぶことも知っていると思います.一方,コーラやサイダーのような炭酸飲料の容器を振ってから栓を抜くと,中から泡だった液体が勢い良く飛び出してきます.この場合,お湯を沸かすのとは違って,液体に熱は全く加えられていません.ではなぜ発泡が起きるのでしょうか? 不思議だと思いませんか?
一見関係なさそうに見える以上二つの発泡現象は,実は,同じようなメカニズムによって生じています.図
1は,蒸気圧曲線と呼ばれるものです.温度が高くなるにつれて蒸気圧が高くなっていることがわかります.熱による沸騰は,液体の蒸気圧が周囲の圧力に比べて高くなったときに生じます.図中のルート@ですね.これに対して,コーラのビンに見られる発泡は,栓を抜くことによってビンの中の圧力が下がったことによって起こります.図中のルートAがそれに当たります.このような,減圧による発泡現象を一般に,「キャビテーション (cavitation)」と呼びます.
図1 沸騰とキャビテーションの違い
キャビテーションの功罪
液体の圧力が下がるのは,ビンの栓抜きだけとは限りません.図
2は,左から右に向かって流れる液体中に置かれた「翼 (hydrofoil)」の周りの様子です.翼の周りに白っぽい部分があることがわかります.これは,光線の加減でも,翼から吹き出たガスでもありません.流れの中で勝手に (しかし,気まぐれではなく) 起こったことです.
図2 水中翼のキャビテーション
流体中の圧力
pは,一般に,, ・・・ (1)
という関係のもとに変化します.ここで,
rは流体の密度 (単位体積あたりの質量),Vは流れの速度 (流速) です.式(1) [ベルヌーイの式] は,流体の動きを知る上できわめて重要なもので,流速が速いところでは圧力が低く,流速が遅いところでは圧力が高い,ことを示しています.翼の周りでは,流体が押し広げられるため,周りに比べて流れが速くなります.流速を速めていくと,液体の圧力は次第に低下し,ついには蒸気圧を下回ります.その結果,図
2のような気泡をともなう流れになるのです.
図3 キャビテーションによる壊食
以上見てきた翼周りのキャビテーションは,その翼の性能や材料に大きな影響を及ぼします.図
3を見てみましょう.スクリューの付け根にいっぱい孔があいていますね.これは,いったん発生した気泡が再びつぶれるときに発する極めて高い衝撃圧力が原因です.鋭い針先で何度も何度もつつくのと同じ原理です.一個の気泡がつぶれるだけでも何100気圧にものぼる衝撃圧力が発生します.このことからも,数限りない気泡が際限なくつぶれていくことで,われわれの想像を超えた力が生じることが伺われます.一方で,このような気泡が作り出す強大な力を積極的に利用するものもいろいろあります.身近な例として,メガネ屋の店先にある超音波洗浄機があげられます.超音波によって,メガネの周りに細かい気泡を発生させたりつぶしたりして,つぶれたときの衝撃でメガネに付着した汚れを落としています.また,超音波を利用したガン治療器や結石破砕装置なども実用化されています.