(研修4)
「遺伝子組換えと社会」
東京農工大学遺伝子実験施設
丹生谷 博
現在の穀物や野菜は全て人工的な品種であり,人類が貧弱な野生種同士を交配して作り上げたものである。交配には当然ながら遺伝子の組換えを伴うが,育種はあくまでも近縁種間での遺伝子交換に限定される。DNAレベルの遺伝子組換え技術は種の垣根を超えて,あらゆる遺伝子を自由に植物細胞に導入することを可能にした。
細胞へDNAを入れる技術としては,物理的手法と生物学的手法があり,後者の場合はアグロバクテリウムという細菌を利用して植物細胞に運ばせることができる。双子葉植物のナス科に属するタバコは,組織培養法による個体再生が容易で,遺伝子組換え植物を作製するモデル植物のひとつである。葉の一部をアグロバクテリウムに感染させ,寒天培地上でしばらく培養すると細胞が脱分化を起こして分裂を始め,カルスと呼ばれる不定形の組織が成長する。培地中のホルモンバランスを変えることにより,シュート(芽)や根が分化してくる。
植物細胞への遺伝子導入技術の発達とともに,1990年代は「DNA農業」の時代の幕開けとなった。現在では,多様な遺伝子組換え作物が開発されているが,アメリカで商品化された遺伝子組換え作物の第1号は,完熟してから収穫できる美味しいトマトであった。トマトが熟しすぎて柔らかくなる原因となる細胞壁分解酵素の合成を遺伝子レベルで抑制したものであった。その後, 除草剤耐性作物が開発され,特許を取得したアメリカの会社は,組換え作物の種子と除草剤をセットにして大いに販売した。害虫抵抗性作物やウイルス体制作物など,農作業の効率化には大いに貢献があったが,栄養や味がよくなったわけではないので,一般消費者にとってはあまりメリットがなく,組換え作物に対する反対運動も盛んになった。
今後は,栄養価の向上や医学的効果を期待する第二世代の組換え作物の開発が盛んになると予想される。地球人口が60億に達し,将来の食糧危機は現実のものになりつつある。遺伝子研究に携わる者は,大きな目標をしっかりと見つめ,社会に対する啓蒙活動を重視することが必要である。