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NPOによる青少年の自立支援と農業体験

NPOによる青少年の自立支援と農業体験

佐藤 洋作
(NPO法人文化学習協同ネットワーク代表)


1 プロジェクトの目標−農業体験でひきこもりの青年の心身をひらく

a.不登校の児童のための居場所をNPOで

 「文化学習協同ネットワーク」は子どもと若者の自立サポートをミッションとするNPOであり、1970年初頭以来の学習教室(塾)を母胎として「不登校の児童のための居場所」の運営をメイン事業とするNPOとして1999年に発展的に立ち上げられた団体である。「塾」といっても地域の父母を中心として発足されたものであり、その出発からしてNPO的な性格を持って地域の子どもや若者の居場所として運営されてきたものであった。現在では父母が建設した自前の施設に学習教室の生徒(学校へ通っている児童)80人ほどと、不登校児童やひきこもり青年など40人が通っている。
 「不登校の児童のための居場所」の課題は、さまざまな形で傷ついた子どもたちの心の傷を癒すことにある。彼らは自分の心の殻の中に閉じこもることで必死に自我崩壊の危機から自分を守ってきたわけであるが、長期にわたる自己防衛的な心的機制は身体にもおよび、彼らの身体は硬直化していることに注目しなければならない。だから心の受け止め(カウンセリング)だけでなく、身体をひらいていくことも大きなテーマになる。

b.農業体験が心身を外にひらく

 ひきこもり青年から「ミカン園での農業体験によって、体が動いた範囲だけ自分の世界も広がったようなきがした」と言った内容の話を聞いた経験が私たちを農業体験へと向かわせた。五年ものひきこもりを経て彼はその経験をきっかけにゆるやかにではあるが社会参加をし始めていた。彼を受け入れた愛媛のミカン園を訪ねた。農園の眼下は穏やかな春の陽光に輝く海が広がりがりミカンが甘い香りを漂わせていた。訪問時にも全国からさまざまな若者がこの農園で生活していた。短期あるいは長期の農業体験(滞在)を受け入れる農民たちは若者たちに受容的だった。それ以後私たちの居場所からも何人かの若者がその農園でお世話になっている。1年間のステイを体験した18才の青年は徐々にミカンか「かわいくなっていった」とその体験を振り返った。もう一人の18才は農業体験を「いっぱいいっぱいワールド」と表現した。身体をいっぱいに動かして、ついに耕作と収穫をやり遂げてその日の労働にやったぞとの思いに心いっぱいになって、そしてお腹いっぱいに御飯をいただいて朝まで熟睡する。そうした「いっぱいいっぱいの生活」には都会の日常のように他人の顔色をうかがうことも自分を隠すことも必要ない。安心して自分をさらけぶつける充実感のみが広がる。もちろんずっと農業をやろうとはとても思えないのだが何らかの形で農業の近くにいたい。一人の若者はそれを「農的暮らし」と表現した。

c.農村(自然と農民)との交流の意味

 愛媛の他にも山形などでのファームステイを積み重ねる一方で、中学生の不登校児を中心に長野県で米づくりプロジェクトを続けてきた。今年で三年目になるが昨年度は600sの収穫があった。初年度は田植えと稲刈りだけの参加であったが昨年は稲刈りから田の草取りもこなし年間を通しての継続的総合的な取り組みとなった。この農業体験は「米づくり」という勤労体験を軸としているがもっと広い自然体験としても意味を持っている。田植えはさながらどろんこ遊びであり、ずぶ濡れになりながら用水路の中を上流へ探索したときなどみんな体いっぱいの歓喜が溢れた。それから農家(農民)との出会いふれあいも大きい。オジイさんの技術指導はもちろん、物知りなオジさんからは「安全な食べ物」の話、「ミツバチ」の話、そして「狂牛病」の話、となんでも話してもらった。他の村人も声を掛けてくれるようになった。この農業体験にはもう一つの教育的な機能がある。それは協同労働の体験によって、自然自然に友だちとの関係性がひらかれていくと言うことである。友だちとの関係性を断ち切って生きてきた彼らには決定的な体験となる。
 私たちのNPOは農工大津久井農場プロジェクトに先行して以上のような農業体験プログラムを経験してきている。


2 プロジェクトの目標(その2)−社会化への中間施設としての働き場を

a.若者の自立支援システムの必要性

 近年、「ポスト不登校」世代の社会化(就労)が大きなテーマになってきている。彼らの意識が社会に向かい始めたとしても就労は高い壁として立ちはだかる。彼らは「人に受け入れられたい、喜ばれる存在でありたい」との願いが大きい分、ちょっとでもうまくことが運ばなかったときに自己否定感に再度ひきこもってしまいかねないのである。だから行きつ戻りつも含めて彼らの社会化をもう少しソフトに遂行していくための中間施設(働き場)が必要になってきている。折からの不況でアルバイト職場も狭められているとしたらなおさらである。さらには「フリーター」青年の激増の背景にもこうした事情があるはずである。いわゆる「学校から社会へのつなぎ」をどうするか。若者の自立支援システムをどう構築するかは今日的テーマとして立ち上がってきているといえるだろう。


b.福祉と農業

 ひきこもり青年たちの将来への不安感情は深く、彼らは自分が働いて喜ばれる(報酬を得手経済的自立できる)存在でありたいと切望している。だから福祉施設へのボランテアなどは格好の社会参加のトレーニングとなるのだが、一つには本人の適性や希望を受け入れるとすれば誰でもが福祉の労働と言うわけにはいかないし、なによりも人間と対面する仕事は「やさしい職場」のようでいていささかハードルが高いということも言える。私たちのNPOは「ヘルパー講座」を実施して資格取得した若者を福祉施設にボランテイアとして派遣したりしてきたが、福祉の仕事とは違うもう一つの労働体験領域として農業労働の有効性を感じ取っていた。
c.総合的な仕事場の必要性

 さらには、生産と流通とサービス、そしてマネージメントの仕事も含んだ総合的な仕事場の必要性である。一人一人の適性や希望を受け止めながらも協働で仕事を遂行していく仕事場。それを障害者運動から生まれた「自立工場」のようなイメージで構想しつつあった。調査検討を通して「ベーカリー」の仕事場づくりが浮上してきていた。
 農業体験に、心身を外にひらいていく癒しのワークショップであると同時にベーカリーに食材を提供する現実的な労働としての機能を持たせられたらおもしろいのではないか、と近郊に一定の広さを持った耕作地つくりたいという企画が生まれてきた。


3 都市と農村の共生−3つの学習の場に

 私たちの農業体験の場として出会うことになった東京農工大の津久井FMは牧草地と牛舎、そしていささか老朽化しているとは言え50名もが宿泊できる施設も備えた広大な演習農場である。そしてこの農場のある地域は里山の景観の広がる豊かな農村であり、私たちの施設のある三鷹から1時間半から2時間、神奈川の都市部には1時間ほどのところに位置している。専業農家は数えるほどで農地の大半は遊休地である。この地域では10年来、村民有志と農工大関係者で「森林ミュージアム推進委員会」をつくり「生態系への配慮を基本とした教育の場及び人々の交流の場の創出をめざし地域経済への活性化等を整備理念」として検討が続けられてきていた。そこへ私たちのNPOから農業体験の場として次のような長期展望も含み込んだ「提案」を伝えさせていただくことになった。


○NPO文化学習協同ネットワークからの提案(イメージ)

   〜韮尾根地域と農工大演習農場とNPOでこんな事ができたら

 ・3つの学習の場の創造(aからbへ、そしてcへ)
  a.子どもが協同で農業体験やさまざまな野外体験を通して生活と自分を見つめ直しソーシャルスキルを育む自然体験学習の場
  b.青年が働きながら学び学びながら働くことを通して「自分さがし」「仕事さがし」ができる進路学習の場
  c.都市住民が家庭菜園づくりを通して自然と人々と交流しながら潤いのあるライフスタイルを実現すことのできる生涯学習の場
 @子ども自然体験教室の開催
  ・農作業を中心にしたさまざまなアクテイビテイを通して身体を解きほぐしソーシャルスキルを育む自然体験学校。通年参加スタイルの開催。長期型サマーキャンプ。
   自然体験型環境教育プログラム。都市と農村の子ども交流。ファームステイ。指導スタッフとしての青年の活動(仕事)の創出。
  ・小中学生対象、年間を通したカリキュラム。当面は不登校の子ども対象。サマーキャンプ。
 さまざまなアクテイビテイ
  a.農作業とものづくり
  b.ログキャビンづくり
  c.プロジェクトアドベンチャー
  d.ネイチャーゲーム
  e.ネイチャークラフト
  f.問題解決プログラム、など
 Aユース研修センターを拠点に若者自立支援
  ・農産物生産活動、そして食品製造から販売活動まで生産・加工から流通をトータルに体験する。働く喜びを通して身体と心のリズムを回復する。多様で自由な参加を通して一人ひとりの職業さがし。学校から社会への渡り期間の自己学習機会。加工品(味噌、乳製品、ジャム、パン、など)製造やその流通・販売による青年の仕事づくり(アルバイト協同組合)。希望者には就農チャンスを創出。
  ・さまざまな青年対象。(高校生、フリーター、ひきこもり青年、大学生、など)
 農業体験と研修
  a.農業生産(耕作と加工)への従事
  b.物流と販売
  c.研修と交流
  d.「ユースセミナー(仮称)」
  e.インタープリター養成
 B家庭農園の提供(@Aの先の長期展望の中で)
  ・宿泊施設付き「家庭菜園貸します制度」による都市住民への農のあるライフスタイルの提供。週末農業による自給自足の実現。週末村民と地域村民との交流。都市と田園の共生。ロシアの「ダーチャ」モデル。
  ・都市住民対象(@の家族を主として)
  ・家庭菜園づくりと生涯学習
  a.農園(家庭野菜が自給自足できるくらいの広さ)での家庭菜園耕作
  b.「ニローネ村民塾(仮称)」による生涯学習と人の交流
  c.エコマネー(地域通貨)


4 ファミリーもひきこもり青年も−まず一年目

 とにかく初年度は地元の農業経営士会(農業指導員)主催の「味噌づくり体験会」に参加させていただいた。森林ミュウジアム推進委員会のみなさんがタイアップされて推進されているプロジェクトで、「津久井農業の明日を探る」というテーマでここ数年すすめられてきた「津久井在来大豆を使った消費者交流会」である。厚木や横浜からの一般参加者など40名くらいの規模の大豆栽培から味噌づくりまでの年間プロジェクトである。
 NPOスタッフと農工大関係者と地区の人との何度かの打ち合わせを経て以下のように初年度のフイールドワークはすすめられていった。一般参加者との共同プロジェクトではあったが「不登校・ひきこもり」の団体の取り組みであることを考慮していただいてかなりの自由裁量の活動になっていった。

   @7月1日−大豆の種まき:炎天下、小学生、中学生、父母と多彩な参加者30名。しかし「ひきこもり青年」は3名のみ。オバサンオジサンの活躍が目立つ。2時間足らずで完了。耕作面積3e。昼食はバーベキューでゆったり時間を過ごす。昼食後Mさん(村人)が持ち込んでくれた小麦の脱穀(原始的な足踏み脱穀!)。
   A7月22日−草取り:日照りのため発芽悪い。雑草も少ない。参加者も少ない(15人ほど。父母とその子どもファミリー)が作業も軽量。トウモロコシ狩りの後、乾燥させておいた小麦を年代物の「とうみ」で選別作業。今回もバーベキュー。
   B8月28〜29日(1泊)−草取り:若者グループ(高校生から20歳くらいの青年、10名くらい)の合宿ゼミ、草とり作業と援農(牛の餌づくり−実施せず、牛舎で牛と遊ぶ)。Mさんの畑に野菜の種まき。「仕事について聞く会」(講師は国産小麦で本物のパンづくりを目指す藤田さん)。帰路にベーカリー見学。…「ニローネ通信B」参照。
   C9月1〜2日(1泊)−NPOスタッフ研修合宿:10名参加。饅頭づくり講習会(講師は村のオバアさん)に参加。現地調査と温泉巡り。農工大のK先生にはずっとご一緒していただきました。
   D9月22日−ブルーベリーの苗うえの手伝い:「枝豆とビールで納涼会」につられて新しい父母の参加もあり総勢20名。裏山での栗拾いで父母たち童心に。枝豆取りの時間はなし。しかししっかりと納涼会。サンマの炭火焼きは美味。ブルーベリー狩りは5年後のお楽しみ。…「ニローネ通信C」参照。
   E11月4日−大豆の収穫と小麦の種まき:青年中心の16名。大豆の抜き取りと麦の種まき。終日の「農作業」。Mさんに準備していただいた麦畑3反は思いの外広く、「やりきった」心地よさを体験。…「ニローネ通信F」参照。
   F11月23日〜24日(1泊)−交流会と大豆の脱穀:およそ40名の参加。大豆が乾燥が早くはじけ始めたので一般の農業体験と同時に一足先に脱穀完了(だから未体験)。収穫量は62.4s(生)。交流会は思いの他の混雑ぶり。NPOからも40名くらい参加。父母と子どもと音楽家との太鼓演奏も。帰路に野菜収穫。大根、白菜、あま〜いホウレンソウ。
   G12月18日−反省会:「韮尾根を考える会」メンバーによる交流会についての反省。NPOからSが参加。
   H2月7日〜9日(3泊)−味噌づくり:一般参加者と共同。1日目(大豆洗い−不登校・ひきこもりの子どもと青年13名)、2日目(大豆煮−ひきこもりの青年14名)、3日目(麹と混ぜてすりつぶして仕込み−父母と子どものファミリー7名)。空き時間で麦踏みも。1日目の夜(宿泊)は青年交流会。豆洗い、大釜の火炊きと灰汁取りに青年活躍。子ども(不登校)はフイールドあそび。NPO分として味噌42sと乾燥大豆30sを持ち帰る。

5 青年たちの主体的プロジェクトに

 二年目は青年たちの主体的なプロジェクトとして展開していきそうである。
 全プログラム完了後の三者(NPOと東京農工大と地域)の反省会において今プロジェクトの継続を合意した折り、次年度は一般企画とは別にNPO独自のプロジェクトとして展開することになった。そのことを告げ参加希望を質すと多くの青年の参加希望を確認した。「早くニローネに行きたい」の声も聞かれるようになってきた。大豆を炊きあげる大釜の火の番を受け持った青年が「自分の意志で火をコントロールできておもしろかった」と語ったが、それも心身をひらく自然体験の喜びである。彼らの農業体験に寄せる思いは一律ではない。土の感触を蘇らすもの協働での収穫作業の喜びを思い出すもの、あるいは農業加工品づくりへの意欲を燃やすもの、と参加意志の温度と方向はさまざまである。ともかくいずれにせよ彼らの中に農業への内的動機は形成されたと言える。
 今年度は三者による協議の場に青年自身にも参画してもらいたいと考えているが、前年度の反省会において既に以下の3つの項目について三者で確認済みである。


   @小麦の栽培と農産品づくりを軸に展開すること。
    −大豆はファミリーのためのプログラムとし、青年は「ベーカリー」などの将来的な「仕事づくり」を展望したプロジェクトにする。ニローネブランドづくり。

   A地域の人々とNPOの交流をすすめること。
   −農作業(農民による指導)を通じての交流だけではなく、地域の生活を体験したり、農業問題や環境問題を巡る学習会や意見の交換を行う。都市と農村の交流。「ニローネ村民塾」(仮称)への展望。

   B子どものための自然体験プログラムをおこなうこと。
    −青年を対象に「インタープリター養成講習」を実施し、彼らを指導員としてこの里山のフイールドを使って「子どものためのネイチャーゲーム」プログラムを実施する。


                                                   (佐藤洋作)





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