<span lang=EN-US><I><B>東アジアにおける大気中多環芳香族炭化水素類の挙動と毒性

早川和一、唐寧、亀田貴之、鳥羽陽
金沢大学医薬保健研究域
hayakawa@p.kanazawa-u.ac.jp

多環芳香族炭化水素(PAH)とニトロ多環芳香族炭化水素(NPAH)は,主に石炭や石油などが不完全燃焼する際に発生し,工場や暖房施設の排煙,自動車の排ガス,煙草など,様々な発生源がある。更にPAHは原油にも含まれ,タンカーの油流出事故も海洋汚染の原因になる。PAHNPAHの中には発がん性/変異原性を示すものがあるほか,近年,これらの酸化体の中に内分泌かく乱作用や活性酸素産生作用を示すものがあることも明らかになってきた。このため,ヒトの健康や生態系に及ぼす影響を把握する上で,これらPAHNPAH関連化合物の発生量や挙動を把握することが不可欠である。著者らの研究グループは,10年余りにわたって,日本,中国,韓国,ロシア,タイの研究者と共同して東アジアの大気・海洋中のPAHNPAHの挙動を追跡し(Fig.1),毒性について研究をしている。中国は30年ほど前にスタートした改革開放路線により,毎年10%を越える成長率で急速な発展を遂げてきた一方で,著しい大気汚染を引き起こしている。一例として中国東北地方最大の都市であり,工業が盛んで,世界で最も汚染が深刻な都市の一つである瀋陽市大気中PAHNPAHの調査結果を紹介する。
 瀋陽における2001年度の大気中PAH 濃度は金沢の約100 倍,NPAH 濃度は金沢の約8 倍も高い。しかし,近年,中国政府は環境対策に取り組み,瀋陽では燃焼効率の低い暖房用石炭ボイラーの撤去や,大気汚染物質を大量に排出する工場の郊外移転などの都市大気汚染低減策を積極的に推進してきた。2007 年までに煙突が5000 本取り除かれ,20032006 年の間に,約100 事業所の工場が郊外に移転している。

Fig. 1 Structures of analyzed (a) PAHs and (b) NPAHs

2001年度と2007年度のPAHNPAH濃度をFig. 2 に示した。冬のPAH 濃度は和平と泰山の両地点で減少していた。特に住宅地である泰山では2002 年の1/3 程度と著しい減少が見られ,以前大きかった2 地点の差はほとんど見られなかった。夏のPAH 濃度は和平で約3倍,泰山で約7 倍に上昇していた。一方,NPAH 濃度について,冬は以前と同程度であり,和平の夏についてはPAH と同様に上昇傾向が見られた。

Fig. 2 Concentrations of (A) PAHs and (B) NPAHs at two sites in Shenyang in 2001-2002 and 2007

瀋陽では2000 年には36 万台であった自動車が,2007 年には56 万台にまで増加し,著者らが提案した主要発生源を推測するマーカーである[1-NP] / [Pyr] 比が夏,冬ともに上昇したことから(Fig. 3),瀋陽におけるPAHNPAH の主要発生源は石炭燃焼であるものの,近年,自動車の排ガスによる影響が増大していることが明らかになった。冬のPAH 濃度が著しく減少したことから,瀋陽で行われた暖房用石炭ボイラーの撤去が環境汚染対策に有効であったことが示された。また,夏のPAHNPAH濃度の上昇は自動車に起因し,冬のNPAH 濃度が以前と同程度であったことは,石炭燃焼時に発生したNPAH量の減少が自動車排ガスに伴うNPAH量の増加によって相殺されたためと推定される。
 これら有機有害化学物質であるPAHNPAHから見ると,瀋陽市の大気汚染状況はわずか6年の間に著しく変化している。このことは,今後の東アジアの大気環境予測において,少なくともその原因物質の主要排出国である中国について最新のデータを用いる必要があることを意味している。著者らは,引き続き,瀋陽市以外の日本を含む東アジアの主要都市の大気環境についても調査を継続している。

Fig. 3 [1-NP]/[Pyr] ratios at two sites in Shenyang in 2001-2002 and 2007

 

引用文献

 

1)      Tang, N., Hattori, T., Taga, R., Tamura, K., Kakimoto, H., Mishukov, V. F., Toriba, A., Kizu, R. and Hayakawa, K. (2005). Polycyclic aromatic hydrocarbons and nitropolycyclic aromatic hydrocarbons in urban air particulates and their relationship to emission sources in the Pan-Japan Sea countries. Atmos. Environ. 39, 5817-5826.

2)      Tang, N., Oguri, M., Watanabe, Y., Tabata, M., Mishukov, V. F., Sergienko, V., Toriba, A., Kizu, R. and Hayakawa, K. (2002). Comparison of atmospheric polycyclic aromatic hydrocarbons in Vladivostok, Toyama and Kanazawa. Bull. Japan Sea Res. Inst., Kanazawa Univ. 33, 77-86.

3)      Hayakawa, K., Noji, K., Tang, N., Toriba, A., Kizu, R., Saka, S. and Matsumoto, Y. (2001). A high-performance liquid chromatographic system equipped with on-line reducer, clean-up and concentrator columns for determination of trace levels of nitropolycyclic aromatic hydrocarbons in airborne particulates. Anal. Chim. Acta. 445, 205-212.