研究項目A03
平成20年度研究成果

研究実績および関連論文リスト

研究実績

 

研究実績の概要

A03-P08

 本研究課題の最終目的は、越境大気汚染物質であるエアロゾルが東アジアの森林を構成している多様な樹木に与える生物影響を世界に先駆けて実験的に解明することである。そこで、樹木の葉表面および内部におけるエアロゾルの吸収と吸着状態を各種顕微鏡を用いて可視化し、樹木の成長や生理学的機能との関連性と樹種間差異を明らかにする。平成20年度は、葉の表面構造を可視化する技術と葉の表面への付着物の構成分子を分析する方法の確立を目標とした。

 異なる樹木の葉の表面構造を高分解能走査電子顕微鏡で観察するための試料の調整条件を検討し、葉の表面構造が樹種により大きく異なることを明らかにした。特に、針葉樹であるイチイの葉の表面に針状の微細構造が存在することを明らかにした。また、走査電子顕微鏡や共焦点レーザ走査顕微鏡等で気孔の立体構造の樹種特性も明らかにし、エアロゾルの吸着性との関連性を考察した。さらに、イヌエンジュの葉の表面をエネルギー分散X線分析装置を装着した低真空走査電子顕微鏡(SEM-EDXA)で解析し、EDXスペクトルから硫黄とケイ素を含む粒子と硫黄を含まない粒子を精度高く分離し、硫酸塩を含む粒子の局在を明らかにした。一方、野外に設置されたエアロゾル補修フィルタの表面を高分解能走査電子顕微鏡で観察し、補修フィルタの形状やサイズと集められた粒子の形状との関連性を解析した。

 葉の表面構造をよりインタクトな状態で可視化する方法を確立したので、  平成21年度においては同一分析方法を駆使して、異なる樹種の葉表面に人為的に曝露したエアロゾルを網羅的に解析する予定である。 

A03-P09

 近年、東アジアにおけるエアロゾルによる越境大気汚染とその生態系影響が懸念されている。しかしながら、エアロゾルが植物に及ぼす影響はまったく解明されていない。このため、東アジアにおける植物に対するエアロゾルの影響に関する現状評価や将来予測を行なえない状況である。そこで、本研究においては、東アジアの代表的な樹種に対するエアロゾルの影響を実験的に解明することを 目的とした。本研究においては、樹木生理生態学を専門とする研究者と微粒子工学分野の研究者が協力し、エアロゾル粒子発生器とエアロゾル曝露チャンバーを作成し、東アジアで極めて深刻な環境問題であるエアロゾルが樹木に及ぼす影響とその樹種間差異を解明するため、極めて重要性が高く、意義がある。

 平成20年度は、長期間にわたって樹木を育成でき、樹木にエアロゾル(ブラックカーボン)を曝露することができるエアロゾル粒子発生器とエアロゾル曝露チャンバーを設計し、作成した。粒子径が数百ナノメータであるカーボン粒子を気中に発生させることを目的とし、新たなエアロゾル粒子発生器の設計を行った。開発したエアロゾル粒子発生器においては、一次粒子径が数十ナノメータのカーボン粒子を用いた水溶性懸濁液を液滴化し、気中へ分散させる方式を採用した。その結果、気中で水が蒸発した後に凝集体(二次粒子)となるカーボン粒子が樹木の葉に沈着した。また、東アジアの代表的樹種(スギ, カラマツ, ブナ, スダジイなど)の生理生化学的機能、水分状態および栄養状態の評価方法を検討し、確立した。

A03-P10

 東京農工大学の里山を利用した実験実習施設(八王子市)の森林において観測施設の整備を行い、予備的観測データを得た。既存の簡易型観測タワー(高さ  15m)を中心に、コナラ林とスギ林に実験区画を設定した。タワーを利用して硫酸、アンモニウムなど酸性物質関連のエアロゾル成分、多環芳香族炭化水素などブラックカーボンの成分の高度分布を測定した。酸性成分の高度分布は再現性のあるきれいな結果が得られるには至らなかった。これは平成21年度に完成予定の高さ30mの観測タワーを利用して精緻な測定を行って検討する必要を認めた。多環芳香族炭化水素については低高度で濃度が減少する傾向が認められ、森林への沈着が示唆された。

 森林への沈着は主として葉面に対する沈着と判断し、実葉を適宜採取し表面を洗浄して沈着量を評価する方法の検討を行った。エアロゾル成分のうち、アンモニウム性窒素、硝酸性窒素を対象とし、降水による沈着物質の洗い流しを考慮しながら見積もった。その結果、降水による洗い流しの効果が少なくないことが示唆され、観測システムの再検討が必要であると判断された。また、森林における葉面積の変化を評価するため、葉面積計による葉面積指数(LAI)のモニタリングを開始し、森林の写真等との比較による定量化の検討を開始した。植物の成長とともにLAIが変化することが追認されたが、既存の葉面積計での測定の問題点も明らかになり、照度計の展開による測定などの検討も始めた。

 オープンパス赤外分光法によるエアロゾル関連ガスの測定は高さ30mのタワー完工後に開始するが、予備的測定を森林内の地上で行った。反射ミラーの精緻化など問題点が示されたので、30mタワー完工後の観測にそなえ、理論的、技術的検討をさらに深めた。

A03-P11

 平成20年度は、タイの熱帯林におけるエアロゾル沈着観測サイトの選定を行うとともに、生態影響調査を行った。国内においては、濃度勾配法によるエアロゾル沈着直接測定法等、各調査手法の検討を行った。

 タイのサケラートにおいてエアロゾル沈着観測サイトの選定を行い、本研究に適した場所として、熱帯乾燥落葉樹林地域を選んだ。当該地域において生態影響調査を行い、乾性沈着量を見積もるための林内雨・樹幹流の捕集を、タイ王室林野局並びに環境研究研修センターの協力を得て、20091月から開始した。また、ブラックカーボンの森林地域における捕集・分析方法の検討を開始した。

 国内において、濃度勾配法によるエアロゾル沈着直接測定法の検討を行った。多段ろ紙法による短時間の捕集(集中調査)を行うための大流量に対応した捕集方法を検討するため、ろ紙の種類および含浸試薬についてテストを行い、既存の方法との並行試験結果を経て、確立した捕集方法の提案を行った。さらに、国内の芝地(農業環境技術研究所構内)を対象として粒子成分沈着測定法のテストを実施した結果、比較的精度良く粒子成分濃度の鉛直勾配を検出することができた。また、エアロゾル中の黒色炭素測定法について、石英繊維フィルター捕集-燃焼法に代わるものとして、テフロンフィルター捕集-吸収率測定(非破壊)を検討し、フィルター1cm2あたり±1 mg Cの誤差範囲でBC量を推定できることがわかった。国内調査地点である手塩試験地および北佐久試験地を訪問し、既設の設備および測器類を確認するとともに、平成21年度の観測計画について詳細を詰めた。

 平成21127日に開催されたA03植物影響班会議および22728日に開催された領域全体会議に参加し、進捗状況の報告を行った。