二重結合と単結合を交互に繰り返す構造を共役ポリエン構造とよびます。この構造を持つ生理活性物質や天然物は多く知られており、例えば抗生物質やビタミン類などに多く見られます。共役ポリエン構造を合成するためには、エステル置換基を持つリン酸誘導体をアクロレインとよばれる物質と反応させ、炭素―炭素二重結合を構築した後に水素化アルミニウムリチウムによる還元により末端の置換基を第1級アルコールにし、さらに二酸化マンガン(II)を用いた部分酸化によりジエニルアルデヒドにする方法が一般的です。すなわち、炭素―炭素二重結合を1つ伸ばすためには酸化と還元を含む3段階の反応が必要であり、金属を含む廃棄物がそれぞれ発生します。さらに結合を伸長するためにはこの3段階の反応を繰り返し適用する必要がありました。
私たちは、アセチレン誘導体とブタジエン誘導体との反応により、直接共役ポリエンを合成する触媒反応を開発し、1つの反応容器中、すなわちワンポットで反応からはまったく廃棄物を出さずに共役ポリエンを合成することができるようになり、新聞にも報道されました。まだこの反応には、二置換アセチレンしか適用できないことや、合成できるポリエンが共役トリエンや共役テトラエンに限られているなど解決すべき課題がありますが、現在これらの制約を打ち破る新しい挑戦をはじめています。また、この新反応の応用として、ポリエンビルディングブロックのライブラリーを構築中ですが、医薬品や天然物、さらには電子材料物質の合成への展開が期待されます。
- 【最近の関連論文】
- (1) Kiyota, S.; Hirano, M. Organometallics 2018, 37, 227-234.
(2) Kiyota, S.; In, S.; Saito, R.; Komine, N.; Hirano, M. Organometallics 2016, 35, 4033-4043.
(3) 平野雅文、電子材料、医薬品の鍵構造をワンポット合成 ―ブタジエンとアセチレン誘導体でつくる共役テトラエン、月刊「化学」、5月号、Vol. 73, 12-16 (2018).
例えば4つの異なる置換基を持つ炭素は不斉炭素原子と呼びますが、このような原子を構築する反応を不斉反応と呼びます。不斉をつくりだすためには、結合の形成が必要であり、例えば炭素―水素結合を形成しながら不斉をつくる反応は、不斉水素化反応と呼ばれています。このような結合形成のなかでも炭素―炭素結合を形成しながら不斉をつくる反応は、有機分子の骨格を同時に形成できるために重要です。また、不斉反応には、原料が不斉化合物であるか、触媒が不斉化合物であるかのいずれかが必要ですが、不斉触媒を用いれば、1つの不斉分子から100分子でも1000分子でも不斉化合物を合成できるので、不斉触媒反応は特に重要な研究です。これまでにも多くの不斉炭素―炭素結合の形成反応が開発されてきましたが、私たちは独自の不斉触媒を用いて世界ではじめて置換アルケンを用いて金属上で炭素―炭素結合を形成しながら鎖状分子を合成する触媒反応を開発しました。この反応の中間体は、メタラサイクルとよばれる2分子の置換アルケンと金属が5員環を形成した錯体であり、速いβヒドリド脱離と還元的脱離とよばれる反応が進行するため不斉鎖状分子が生成します。また、この方法では置換アルケンとして2,5-ジヒドロフランを用いるとフラン環のC3位に置換基が直接導入できます。このようなC3位置換ヘテロ5員環は生理活性物質や天然物に多く見られる構造ですが、これまでは1段階で合成する方法がありませんでした。私たちはこの方法により、スイスのノバルティス社が開発したコメ用の農薬リードをわずか2段階で合成し、さらに現在、米国のイーライ・リリー社において我々の分子のバイオアッセイにより生理活性を探索中です。
- 【最近の関連論文】
- (1) Hirano, M.; Moritake, M.; Murakami, T.; Komine, N. Chemistry Letters 2017, 46, 1522-1524.
(2) Hirano, M.; Komiya, S. Coordination Chemistry Reviews 2016, 314, 186-200.
(3) Hiroi, Y.; Komine, N.; Komiya, S.; Hirano, M. Organic Letters, 2013, 15, 2486-2489.